種間雑種オオコクワの飼育
by 阿部宏樹
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通称「オオコクワ」とよばれるオオクワガタとコクワガタの種間雑種は自然界にも希に存在し、また飼育下においても作出可能なことはよく知られている。一般に弱いといわれるこのオオコクワ幼虫ですが、今回、コクワ♂とオオクワ♀の組み合わせから得られた幼虫11頭すべてを羽化(一部羽化不全あり)させることができました。では以下の飼育報告をご覧下さい。
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【ペアリングと産卵の確率】
別段変わった飼育をしたわけではない。通常のオオクワガタやコクワの飼育となんら変わらない。しかし、オオコクワ目的の産卵はやはり同種同士のようにはうまくいかないようだ。逆親タイプ1セットを含む全4セット仕組んだうち産卵に成功したのはわずか1セットだけであった。親のサイズの基本はできるだけ大きなコクワガタと小さなオオクワガタを用意こととあるが、産卵するかしないかは親のサイズより偶然とか運に左右される感じがする。ちなみに成功した親のサイズは
コ♂53ミリ
、オオ♀33ミリである。つまり基本通りか(^^;;;
【産卵飼育と幼虫回収】
(1)7月初旬、産卵木をケースに入れ産卵目的の飼育を開始する。8月上旬、交尾を見ることはなかった(V字なのか馬乗りなのか気になる)のだが産卵木をけっこう囓り始めたので♂を取り出し産卵に専念させる。8月下旬、産卵木がボロボロになる寸前に取り出し保管する。
(2)9月下旬、寝かしてあった産卵木の
割り出し
を行い、2齢8頭、初齢3頭、計11頭の幼虫を回収した。2齢幼虫はそのまま
菌糸ボトル
に直行し、初齢幼虫は2齢になるまで(10月後半)プリンカップ菌床で集団飼育の後、菌糸ボトルに投入した。(3)飼育温度は2本目の菌糸ボトル交換の12月いっぱいまで25℃を維持した。
【菌床交換と蛹化】
(4)12月後半、菌糸の劣化なのかあるいは蛹室探しなのか通称「暴れ」現象が見られたため一斉に菌糸ボトルを交換した。
入れ替えの時の幼虫
は11頭全てが3齢に達しておりそして全てが♂であった。菌床交換から飼育温度を22℃に下げたがそれまでの25℃維持がたたってか1月に入って続々蛹化する個体が目立った。中には蛹室を縦に作った個体もいるが、菌床を交換して20日しか経っていないことを考えると再度蛹室を作らせたのが原因かも知れない。羽化不全が心配で
蛹を掘り出す
ことにする。
【羽化】
(5)2月に入り続々
羽化
が始まる。そして2月14日までには2齢で回収した8頭はすべて羽化してしまった。蛹期間は25〜30日で、割り出してからの期間でいうと4ヶ月半であった。飼育が難しいという前評判の割にはなんとあっけない幕切れだったのだろう。いっぽう、初齢で回収したグループの3頭はまだ蛹化していない。この差はいったい何なのだろう。
羽化した8個体
の大きさはまるでクローンのようにほぼ揃っていた(55〜58ミリ)。
【巨大オオコクワの可能性】
なかなか蛹化しない初令回収のグループも3ヶ月遅れの4月にやっと蛹化を始める。それぞれ蛹期間20〜23日で羽化したものの残念ながらすべて前翅が閉じないタイプの
羽化不全
であった。もし、羽化不全でなかったら65〜68ミリに到達したと思われるだけに残念である。このクラスまで成長すると自力での羽化にはどこか無理が生じ人工蛹室が必要だったのかも知れない。これまで6センチ前後のオオコクワ記録は目にすることはあったが7センチも夢でないことを証明したと思う。(^^;;;
【♂しか出現しない?】
親(コ♂xオオ♀)の組合せからは不思議と♂しか出現しないと言われる。今回の得られた幼虫11頭すべてが♂という飼育結果もその事実を裏付ける。これまで♂しか出現しない原因は幼虫致死など種間退行の影響で弱い♀だけが落ちていためだと思っていたが、今回の飼育は脱落個体がなかったことから、始めから♀自体が存在していなかったことになる。
いっぽう、*1)「月刊むし」をはじめ*2)ルカヌスワールド、*3)昆虫フィールドなど複数の雑誌において、親(コ♂xオオ♀)の組合せであっても♀の種間雑種が羽化できたとの報文が時折記載される・・・。
これらをどう考えたらいいのだろうか。「ある条件下において♀の混入するスイッチが入る。」と考えるより「もともと♀が極端に少ない♂♀出現比が存在する」と捉えたほうがより現実的だと思う。
ここで無秩序に選んだ11頭の幼虫が全て♂であっても不自然ではない♀の混入率を計算すると4.8%以下である。つまり、21:1以上の♂♀比が存在していることになる。ほんまかいな?
ところで9月の初旬、この親(コ♂xオオ♀)パターンの
オオコクワ♀
を拝ませてもらう待望の機会に恵まれた。体長30ミリ、頭部、光沢の強い大きい前胸はオオクワ、艶消しの上翅はコクワ・・・う〜ん確かに両種の特徴を併せ持つ見事なハイブリットである。
【逆パターンによるオオコクワ】
親(オオ♂xコ♀)でも種間雑種オオコクワが得られるが上記の(コ♂xオオ♀)のケースに比し産卵は一段と難しいという前評判である。今回は1セットだけ試したが残念ながら産卵には至らなかった。(成功したわけではないのでとやかく述べる資格はないのだが)産卵に成功した方の報告を見ると、♂♀比はほぼ同数で偏りがあまり無いようなので♀のオオコクワ個体を確実に得るためには必要なパターンだ。
形態の違いについては通常パターンに比し華奢で小型の情報があるが、チャレンジする者が少ないのか画像の不足でよくわからない。もちろんF1♂が不妊のためオオコクワ雑種同士によるF2は出来ないのは常識であるが、
F1♀は種間雑種でない♂との戻し交配が可能であり、一見正常のように見えるが、その後も孵化率の低下や幼虫致死などで結局雑種の血筋は途絶えるようである。種の垣根を越えて交雑してしまう遺伝子汚染の悪例と囚われがちなオオコクワであるが、たとえ戻し交配をしようが存続できない宿命を背負わされているようである。
【オオコクワ作出の意義】
現実には存在しない形態を作り出す面白さからオオコクワ作成に興味を持つ方も多いと思う。しかし、オオコクワ飼育には謎の部分があまりにも多い。産卵の有無から産卵数に至るまでまだまだ偶然に負うところが大きく、また幼虫飼育でも「オオコクワの幼虫はとても虚弱でよく落ちる」という声と「幼虫全てが羽化まで行きました。」というまるで正反対の意見が交錯する。もっと飼育情報の整理蓄積が必要だと思う。
体長6センチにも及ぶ大型甲虫が学名もなく大自然に存在する不思議。たまたまオオクワやコクワと雑種を見分ける目を持つ人が増えたからこその認知される存在なのかも知れない。オオコクワにがぎらず、こういった中間の形態をもった種間雑種が自然界には無数に存在するはずである。誤って新種として登録されたり、数十年も記録のない「幻の昆虫」が実は種間雑種だったりする可能性はないのだろうか。
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*1)月刊むし1992年8月号(258号)P37_石橋浩二氏報告の短報
*2)ルカヌスワールド2002年No.31村山輝記氏のオオコクワ投稿記事
*3)昆虫フィールド2005年No.42家田眞太郎氏のオオコクワ投稿記事
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